PUKAPUKA life

海外と三茶で生活する三十路の自由人の日常

心痛からの感謝

最近考えていたこと。申し訳ないという気持ちが感謝に変わった話。

 

自分がうまくいっている時もそうでない時も、何かを決断をするときには誰かしらが背中を押してくれている。だけど、その決断は必ず身近な人を巻き込むものとなる。ここ最近はその繰り返しだったように感じている。

 

もともと会社を辞めて独立しようと思った時、ひとりで粛々と起業してサービスを立ち上げ、伸るも反るも自己責任でやっていくつもりだったが、そんな気持ちはすぐに愚の骨頂であったことに気づいた。結局、僕はいま多くの人間に支えられて、救われながら過ごしているし、これがなければ生きていけてない・・。


事業の立ち上げ後から苦難を共にしてきたフィリピン人スタッフ達、日本でサポートし続けてくれたビジネスパートナーやスポンサー、昔からの友人、新たに出会った支援者、そして家族。

金欠をこじらせてロクに飯も食えなかった去年は、彼らは食い物と酒、そして住む場所さえも与えてくれた。仕事で人手が足りないとき、労力を割いて僕の考えた非効率な活動に協力してくれた。自分がただやりたいという理由のみでやっている事に対して、彼らは惜しむことなく、たくさんのお金と時間を割いてくれていた。

 

この上なくありがたいことではあるが、あまりに多くを与えられすぎているのに、僕自身は未だに何も返せていない。しかも彼らは返せと言ってこないばかりか、みんな口を揃えて何も返さなくても良いとさえ言う始末。

 

どうして人が自分に対してここまでしてくれるのかよくわからないために、この状況に対してはずっと心痛の念を抱かざるを得なかった。

 

最近この感情の発生源をよくよく分析してみたところ、「恩返しできなかったらヤバイ」と感じていた自分に気づいて、なんか情けなくなってバッド入りしていた昨年末。

 

年も変わってこのままではまずいので、一旦開き直って発想を転換してみることにした。2年でダメなら20年かけてでもやってみればいい。そもそも、たった2年間で人に恩を返せるほど自分はデキた人間ではない。だけど、20年も時間あると思えれば自信も湧いてくる。

 

勝手なこと言ってすみません!!

 

何はともあれ、恩を返せる日まで彼らへの感謝の念を忘れることはない。